Image courtesy of Volkswagen AG

Volkswagen がバーチャル プロダクションで環境に負荷をかけずに自動車のコマーシャルを制作

Stefan Wenz
長年にわたり自動車メーカーは、新しい車種を市場展開する際、多くの場合自動車が走るお馴染みの映像に頼ってきました。大きな弧を描く山道をキラリと光る車がスムーズに駆け抜ける映像を思い描くことができるでしょう。

このような従来のスタイルの映像がすぐになくなることはなさそうですが、新しい方法でマーケティング用アセットを作ることが可能になっています。この新しい方法は、費用対効果が高く、クリエイティブの選択肢を大幅に広げることができます。

これまでは、新しいモデルの自動車を遠く離れたロケーションに運び、物理的な環境の制約を受けながら、カメラの位置をセット アップして撮影を行っていました。しかし今では、ボタンを 1 つ押すだけで、自動車がサハラ砂漠を走り抜けたり、凍てついた湖の上を滑走したり、ジャングルの道に沿って草木を薙ぎ倒していったりすることができます。お望みとあらば、火星の地表を走らせることすらできます。

バーチャル プロダクションは、自動車のマーケティングにおけるクリエイティブの選択肢を、少数の使い古されたシーンから宇宙全体へと広げました。Volkswagen では、バーチャル プロダクションによってコンテンツの作成についての考え方が変わりつつあります。 

環境に優しい自動車広告を可能にするバーチャル プロダクション

ID.4 は Volkswagen による新しい SUV の電気自動車です。ドイツの大手自動車会社 Volkswagen は、この自動車を世界で販売開始するにあたり、少し変わったことをしようと考えていましたが、パンデミックによって、その方針がさらに推進されることになりました。

国際的な移動が制限されるなかでは、従来のロケーションでの撮影方法は使えませんでした。代わりに、完全デジタルのアプローチでコマーシャルを作成することにしました。Volkswagen のグローバル メディア イベント チーム リード、Christian Genz 氏は次のように述べています。「ワールド プレミアで ID.4 をお披露目するコンテンツを作成することになりました。ほかのブランドの製品紹介ビデオのようなものです。ID.4 が世界中を旅してさまざまな土地を走り、現実を拡張しながら自動車の特長を紹介します」

ID.4 は、ミュンヘンにあるバーチャル プロダクション ステージ、HYPERBOWL で撮影されることになりました。そこでは、ステージを取り囲む大きな LED スクリーンに多様な環境をプロジェクションして、自動車に現実的な光をキャストすることができます。影と反射も加わり、自動車が実際にそのシーンにあるかのように見せることができます。
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さまざまなロケーションに出かけていくのではなく、環境を自分たちの側に持ってくることで、環境にも優しくなります。これは偶然ではありません。Volkswagen は 2050 年までにカーボン ニュートラルを達成することを目指しています。Volkswagen の電気自動車統合国際キャンペーン担当シニア マーケティング マネージャー、Jan-Erik Franz 氏は次のように述べています。「通常は、自動車を撮影してコンテンツを作成するために世界中を旅して回ります。このプロジェクトの目的は、当社の『Way to Zero』の目標達成に向けたロー エミッションでの制作を計画することでした」

Volkswagen は、自社にとって初めての完全電気自動車 SUV である ID.4 のために、自動車メーカーがまだあまり使っていない最先端のバーチャル プロダクション撮影技術を活用しようとしました。このプロジェクトのために、Volkswagen はポスト プロダクション エージェンシーの ACHT、映像制作会社の Film Deluxe、クリエイティブ スタジオの NSYNK と提携しました。NSYNK は Unreal Engine での環境の作成を担当しました。

現実的なライティングの条件と本当の反射

Juergen Krause 氏は Film Deluxe Berlin のエグゼクティブ プロデューサーです。このプロジェクトについて Volkswagen から最初にコンタクトがあった時点では、明確なコンセプトは決まっていませんでした。「当社のディレクターである Pete Schilling と 3 日間でアイデアを練り、あっという間に承認を得ることができました。それからすぐに HYPERBOWL の Simon Mayer 氏に連絡を取り、この新しいスタジオでのプリプロダクションと撮影の調整に入りました」

ACHT の CCO、Simon Mayer 氏は、ID.4 プロジェクトのクリエイティブに関わるさまざまな関係者をまとめる重要な役割を担ったチームの一員です。そのクリエイティブのパートナーの 1 社が NSYNK でした。NSYNK は、ACHT、TFN および fournell showtechnik とともに、共同で HYPERBOWL を創設しました。

NSYNK の創業者兼クリエイティブ ディレクター、Eno Henze 氏は次のように述べています。「HYPERBOWL は用途の広いメディアであり、現実的な美しい夕日から、まったく抽象的なファンタジーの世界まで、背景を簡単に変更できます。これは現実の環境では不可能です。Volkswagen のコマーシャルでは、その利点を最大限に活用しました。わずか 2 日のうちに、氷の洞窟、森林、砂漠、サイバーパンクの都市の撮影を行うことができました」
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時間を節約するという明白なメリットに加えて、バーチャル プロダクションによる映像制作ではクリエイティブ プロセスがより流動性を持つことになります。さまざまな点について、あとのポストプロダクションの工程で判断するのではなく、その場でリアルタイムで意思決定を行うことができます。「プロセス自体が、対話をしているように、とても自然に感じられます。クライアントの要求に迅速に応えたり、撮影監督のビジョンに従ったりすることができます」と Henze 氏は述べています。

Krause 氏は、バーチャル プロダクションによってセットでの自発性が向上するほか、多くの意思決定がセットでの撮影の前に行われるようになると指摘します。「バーチャル プロダクションはグリーン スクリーンでの撮影を高度にしたものだと思っているなら、それは間違いです。HYPERBOWL で LED スクリーンに映すコンテンツは事前に準備しておく必要があります。これは、うまくいけばすばらしいもので、最初の準備を終えれば撮影はスムーズに進みます。驚くような成果を上げることもできます」

HYPERBOWL は、LED パネルがステージ全体をほぼ取り囲むように設計されています。パネルが光を放つことで、リアルなライティングの条件が整い、本当の反射が可能になります。これは車体の艶を引き立てるうえでは特に重要です。

NSYNK は、最高レベルの成果を上げるために、Unreal Engine をバーチャル プロダクションのセット アップの中心に据えています。NSYNK の CTO、Dennis Boleslawski 氏は次のように述べています。「Unreal はバーチャル プロダクションとそのそれぞれのワークフローにおける絶対的な基準となっています。作業環境としての Unreal Engine の有効性には感心しました。また、以前は自分たちで作っていたような多くの機能がエンジンに組み込まれていることにも感銘を受けました。Unreal によって仕事の進め方が大幅に改善されました。Unreal への移行にはとても満足しています」

Mayer 氏は、制作においてカーボン ニュートラルを実現するうえで Unreal Engine が重要な役割を果たしたと述べています。この目標を達成するには、遠く離れた場所への移動に伴う大量の CO₂ の排出を避ける必要がありました。「Unreal Engine では Quixel ライブラリを使って自然に見える環境をリアルタイムで生成することができたので、Unreal Engine を選びました」

Unreal Engine のさまざまな機能が、HYPERBOWL のバーチャル プロダクションのセット アップで重要な役割を果たしています。たとえば nDisplay によって、NSYNK のトラッキング ソリューションにネイティブに接続しています。また、インカメラ VFX を作成する機能により、適切なコンテンツを適切なタイミングで巨大な LED ウォールに表示しています。NSYNK のチームでは、Quixel Megascans ライブラリを活用してフォトリアルなマテリアルを探しました。これは、シーンをリアルなものにするための費用対効果に優れた手段です。Megascans は、Unreal Engine で使用する場合、無料で使用できます
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また、NSYNK では Unreal Engine の空と雲のシステムを使って、完全に動的でフォトリアルな大気を作り出しました。さらに、ムービー レンダー キューを活用して高品質のレンダリングを出力し、ポストプロダクションの作業をサポートしました。
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プロジェクトの参加者のなかには、Unreal Engine のワークフローに不慣れなメンバーもいたので、そういったメンバーのために、Remote Control API を使って、特定の機能を NSYNK 内部のコントロール インターフェイスから利用し、セットで編集できるようにしました。

NSYNK のチームでは、プロセスの改善に取り組み始めています。レイトレーシングによる反射、スカイライト、影や、DLSS を取り入れて、より良い成果を上げようとしています。NSYNK は自動車業界のクライアント向けのソリューションも開発しています。このソリューションでは、Unreal Engine を使って、止まっている自動車のホイールを回転しているようにレンダリングします。これは HYPERBOWL 内での運転シーンの撮影には特に便利です。
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費用対効果に優れたリアルタイム ワークフロー

対象とする範囲によっては、従来の広告キャンペーンは、制作の期間とコストが膨大なものになる可能性があります。不安定な天候、路上の障害物、移動の経費などのさまざまな要素から、費用がかさみ、数百万ドルかかることもあります。

一方で、リアルタイム テクノロジーを使えば、状況を予測しやすくなり、移動が少なくなると同時に、撮影のロケーションの選択については柔軟性が向上します。必要に応じて、ほんの数秒でリアルなパリ、北京、ニューヨークを訪れることができ、実際に訪れる場合と比べればコストもごくわずかで済みます。「さらに、リアルタイムのワークフローによって、クライアントにとってのエージェンシーとしての働きを強化できます。制作中、クライアントと継続的にやり取りをして、その希望を聞くことができます。そして、より重要なことは、クライアントの希望をすぐに叶えることができるという点です」と Henze 氏は述べています。
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ほかにも、信頼性についても考慮する必要があります。従来のロケーションでの撮影では、美しい夕焼けを背景に使いたい場合、天気が悪かったらじっと待つしかなく、何日も待機することになるかもしれません。バーチャル プロダクションでは、必要とする正確なライティングを必要に応じた長さで実現できます。Genz 氏は次のように述べています。「現実には 1 日に 1 時間しかできない、ブルーアワーのような条件のライティングをずっと続けることができます。これはとても便利です」
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クリエイティブのプロセスについては、バーチャル プロダクションでは働き方の自由度が高まります。WYSIWYG (what-you-see-is-what-you-get、見たままのものが得られる) の方法で撮影することで、シーンをキャプチャする方法が変わります。従来のポストプロダクションのワークフローでは、ショットを予定どおりに作り出すことを強いられていました。

それとは対照的に、リアルタイム テクノロジーを使えば、シーンをセットに用意して、監督、撮影監督、その他の関係者のためにクリエイティブな空間を提供できます。Boleslawski 氏は次のように述べています。「要するに、仮想的なセットでの想像上の空間全体をロケーション撮影のクリエイティブのワークフローに取り込むことができます。こうすれば、さまざまな偶然が生じやすくなり、全体的にもメリットがあります」
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複数のロケーションを必要とする大規模で野心的なクリエイティブのアイデアを実現するために、途方もない予算をかける必要はなくなりました。自動車の広告キャンペーンを考案する人たちにとっては、制約が緩和されたということです。

「自動車業界のクライアントは、自動車をどのように認識してもらいたいかについて明確なビジョンを持っています。バーチャル プロダクションではクリエイティブの可能性が大きく広がります。物理的な制約がほとんどなくなり、ビジョンを伝えるために現実の境界に妨げられることなくあらゆる手段をとることができるからです。これからはリアルタイムの時代だと考えています」と Henze 氏は述べています。

クリエイティブの多様な機会

Volkswagen などの自動車メーカーにおけるリアルタイムのイノベーションは、自動車業界の進化を示しています。業界のあり方を決めてきた従来のプロセスが全面的な変化を迎えようとしています。制作コストを下げると同時に投資から多くの利益を得るために、リアルタイムテクノロジーの利用が進んでいます。

以前は数週間か数か月かかっていたプロセスが、今では数日で終わるようになっています。コミュニケーション戦略の可能性が大きく広がったことで、クリエイティブの潜在能力を発揮する余地が拡大しています。Henze 氏は次のように述べています。「自動車業界のクライアントが広告キャンペーンを立案するうえで、リアルタイム テクノロジーが最大の資産の 1 つとなることは確実です。商品、ビジョン、ブランドを組み立てるにあたり、柔軟性を向上させ、無限の可能性を切り開くことができます」
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