Framestore の Field Trip To Mars プロジェクトでリード デベロッパーを務めた Ron Fosner 氏は、誰もがつられて笑顔になるような人です。みんなが彼の世界の虜になってしまいます。
「今思い出すと笑えますよね。ライブ開始前の 36 時間前に、絶対にうまく行きそうもないと思いました。バスを見ると座席はなく、4 台のモニターのうち 2 台のみが機能し、サーバーはバスに積み重ねられていました。まだサーバー ラックに取り付けられていなかったからです。こりゃ駄目だなと思いました」と Ron は言います。
しかし、そのわずか 12 時間後に Ron の悪夢は消えていき、このバスが火星への記念すべき旅に出たときに VR の夢へと変わりました。
もちろん、このバスは地球の大気圏を離れて、約 7,500 万キロメートル離れた岩に覆われた火星に飛ぶわけではありません。有名な VFX ハウスである Framestore は米国アカデミー賞と英国アカデミー賞 (BAFTA) を受賞した映画、 『Gravity (邦題: ゼロ グラビティ)』 で観客を地球低軌道の旅に、『The Martian - (邦題: オデッセイ)』 では火星への旅へと誘いました。今回の仕事は単純なものだったかもしれません。
2015 年の終わりに、Framestore は、McCann New York という広告代理店のアプローチを受けて、Lockheed Martin 社のプロジェクトに関わることになりました。あっと驚くものを作ろうと Framestore の Alexander Rea 氏、Sue McNamara 氏、Theo Jones 氏を含むリーダーたちがチームを組みました。どんなものですかって?子供たちを火星への仮想現実の旅に連れて行くというものです。ただし、この VR 体験はワシントン D.C エリアを回るスクールバス内で行われるという点が一味違っています。バスが動くたびに、たとえどんなに小さな動きでも仮想世界の外側で更新が行われ、自分が火星という別の惑星にいるかのような感覚が得られます。こうしたことを背景として、克服可能ではありましたが多くの問題が生じました。
Field Trip to Mars チームのシニア デベロッパーである Gary Marshall 氏は、モーション キャプチャーとモーション トラッキング分野の経験があります。彼によると、「最初に行ったのは、Arduino マイクロコントローラーをビルドし、正確な方向データを GPS と加速度センサーから取得できるようにすることでした。アンリアル エンジン内で小さなバスのメッシュを作り、それを回転させるためにビルドしたコントローラーを使いました。そこからは手早く作業しました。実際に、ラップトップを手にバックパックを背に、そしてたくさんのケーブルをつないて不審者のような姿で道路を歩き回ったのです。警察官から疑わしげに見られることもしばしばでした。」
不審な様子は別として、チームが直面した問題のひとつに、プロジェクトをうまく機能させるためのソリューションを実現することが非常に重要でした。しかし、現在の GPS システムは本質的に詳細度に欠けているのです。バスの小さな動きがアンリアル エンジンで制作した火星のランドスケープ内で正確にミラリングされなければなりませんが、GPS 技術は必要としているセンチメーター単位ではなく、メーター単位で動くのです。
Marshall は続けます。「多くの物事のように、ソリューションは偶然実現しました。工場内でコンベア ベルトの速度を測るために使うレーザーが思い浮かび、パラダイムを覆すことができるかもしれないと考えたのです。レーザーが静的でターゲットが動く代わりに、レーザーを可動にして、静的な道路をポイントするというのはどうでしょう?そこで、ドイツの会社、Polytec から超ハイエンドのレーザーを購入し、古いレコード プレイヤーに取り付けてみました。レーザーとソフトウェアのインターフェースを記述し、レコード プレイヤーを動かしながらメッシュのバスがアンリアル エンジンで前後に動くのを見ました。突然、GPS の解像度よりもはるかに高い精度で作業できるようになりました。
これでひとつの問題は解決しましたが、さらなる問題が待ち構えていました。
火星は広大な場所です。そして、バスが動き回るワシントン D.C もまた広い場所です。注意深く考える必要があります。
「当初、250 km / 155 平方マイルの D.C.エリアのマップセットを目指していました。これはかなりのデータ量になります。ロックスター ゲームズ社の 『Grand Theft Auto 5』 の 6 倍ぐらいの領域になります。すぐに、これは野心的すぎると気づいて、4 km / 2.5 マイル四方にすることに落ち着きました。それでも、驚くべき量のデータですけどね。当初のアイデアに比べたら公園の中を歩くようなものです」とマップとデータ開発のリードの Bill Davey 氏は説明します。
Davey は自分たちが作ろうとしているランドスケープと作業しなければならないデータ量に圧倒されたといいます。「データもそうですが、絶えず問題を解決し続ける必要がありました。レーザー トラッキングのソリューションをテストした日は雨が降っていました。バスを降りると、データが無く、どうしてかわけがわかりませんでした。高価なキットでしたが機能しませんでした。すると誰かがバスの下を見て、レンズに水が付いていることに気付きました。こんなことは工場では問題になりませんが、バスとなると問題です。そのため、きれいに拭いて、雨よけを作りました。これであらたな物理的問題をひとつ解決しました。」
チームが直面した多くの問題は、単純に物理的なものやエンジン ベースのものではありませんでした。Framestore では 30 年以上にわたり、VFX を制作し、画像のレンダリングを行ってきました。こうした幅広い経験にも関わらず、リード テクニカル アーティストである Bryan Brown 氏は、リアルタイムの 3D で作業することの意味についてグループのメンバーを教育しなければなりませんでした。
「直面した大きな課題として、どのようにリアルタイムを扱い、予想されるものを管理するかということでした。映画のシーンを作る場合は、可能性が無限大です。時間はたっぷりあるし、必要な最終結果を正確に作るために処理能力を投入することができます。しかし、リアルタイムではそうはいきません。自由に使える様々なリソースで絶えずバランスをとっていくのです。そういったわけで、ランドスケープを 2k テクスチャに抑えたい場合、チームは 4k を目指しました。エピック内の技術パートナーと連絡をとると、当時これは実験的段階とのことでしたが、とりあえず試してみたらアンリアル エンジンはこれを見事に処理したのです。この成功で弾みをつけた社内で沸いた次の疑問は、8k はどうだろう、というものでした。私自身は、だめだ、リアルタイムでは機能しないという考えでした。」
Field Trip to Mars のシニア デベロッパーである Claude Dareau 氏が、彼が作ったプロシージャルなソリューションについて説明してくれました。
「これは私が初めてアンリアル エンジンを使って取り組んだプロジェクトでした。そのため、私にとって学習の機会になりました。まっさらの状態で初めたので、何が可能で何が不可能であるかという先入観で妨げられることがなかったのです。ランドスケープは大部分をプロシージャルに生成しながらも、火星を映画のように表現したいと思いました。そのため、こうしたランドスケープを作って、ジオメトリを配置することは骨の折れる仕事でした。
火星のオブジェクトは手作業で配置するのは非常にやっかいで時間のかかる仕事でした。そのため、プロシージャルに行いました。このマップは塗りつぶしの必要もあり、チームの時間と労力を多く消費します。プロジェクトに費やす時間が延びてしまう可能性がありました。背景のランドスケープ機能を自動生成するプラグインを作って、他のチーム メンバーがシーン内でヒーローの機能を手作業で作ることに集中できるようにしました。
「ボタンを押す前に不安を覚えましたが、このプラグインで作業を始めて 2 週間が過ぎるとランドスケープを埋めるために忙しく働きはじめました。締切に間に合わせるための長い道のりの始まりでした。素晴らしい満足感が得られました。」
非常に技術的に高度なプロジェクトであり、立ちはだかるあらゆる困難に対して、チームは口をそろえてアンリアル エンジンを称賛しています。
「過去 4 年間、アンリアル エンジンを使ってきましたが、処理できるデータ量にいまだに驚かされます」と Bryan Brown 氏は言います。
プロジェクトのテクニカル アーティストの Ben Fox 氏は同意します。「すごいと思うのは、現実世界のものに対して実にうまく機能することです。単にそこに物を入れて、太陽はここに、空はこうしてという具合に、コンセプトをうまく処理します。こうした自然現象を制作する必要はありませんでした。アンリアル エンジンが優れた仕事をしてくれるからです。我々が望んだ美学を実現するものとして当然の選択でした。他に使用するものとして選択肢はありませんでした。
アンリアル エンジンは、信じられないほどリッチで詳細なリアルタイム ユーザー体験をもたらす機能を持つことで高い評価を受けています。それを実際に目にすることは、ほんの始まりにすぎません。火星は見た目だけでなく、サウンドも優れたものである必要があります。
「VR を説得力のあるものにするには、空間的広がりが重要です」とプロジェクトのサウンド デザイナーである Joey Hernandez 氏は言います。「オーディオを体験の重要な部分にして、その一環としてオーディオをずっと再生するというものがありました。そのため、バスに乗っている子供たちが退屈しないように何らかのオーディオを流すようにしました。火星探索などのイベントに遭遇したらそのオーディオをシームレスにオフにして、火星探索であることがわかるようにします。正確にタイミングを計らなければなりません。アンリアル エンジンを使わなければ難しかったことです。
数々の問題に直面しては克服し、プロジェクトがゲームの終わりに近づくと、人々はバスでの火星探索を経験します。しかし、まだいくつかの予測できない驚きが待っています。
Davey は、チームがクライアントである Lockheed Martin の前で行ったデモについて語ってくれました。
「Lockheed Martin のキャンパスで実施しました。準備万端で Lockheed のシニア チームを待っていました。問題は、誰も教えてくれなかったんですけど、Lockheed Martin のキャンパスが、ある種の半磁気の性質を持った石のうえに建てられていたということでした。だから、駐車場の周りでバスを運転すると、バスのルーフ上のジャイロスコープが制御不能になるのです。ひたすら回り続け、50 メートル先まで運転してやっと止まりました。その時点で、我々は完全に逆の方向に向かっていました。これを正す唯一の方法は、ゲーム パッドの入力システムをつなげて、ゲームパッドのトリガーを使ってユーザーが目にする前に正しい方向にしてそこから進むというものです。あらゆる技術を持ってしても、石が邪魔するのは防げませんでした。
「サウンド システムをオンにするのも忘れていました」と Joey Hernandez 氏は言います。「サウンドのオン ボタンは小さな収納スペースに入っていて、誰も中を見ようとは思い至りませんでした。何とか、はいつくばって、足を使って後方に引かなければなりませんでした。これは、面白い経験でした。」
チームのメンバーと話をすると、開発中にいかに密接な関係を築いたかがわかります。誰もが重要な役割を果たし、それぞれの考えやコメントが同じ重さを持って検討されました。最終結果を見ると、この最先端技術開発チームが一丸となって最後まで取り組んだことがわかります。
「バスの装備を十分にするために、気温摂氏約 1 度のワシントン D.C. のガレージに置いて作業しました。5 台のヒーターを置きましたが、ブレーカーが対処できませんでした。PC やヒーターを選んで、一台のヒーターをテーブルの下に置いてみんなで暖まりました」と Fosner は説明します。
何か月もプロジェクトに関わり、同じような退屈なドライブをして、子供たちが飽きないようにしなければと思いました。だけど良く考えると子供たちは車窓が見知らぬ惑星になるバスには乗ったことがないんですよね。そのため、この体験がすごく格好いい特別なものなんだと自分に言い聞かせました。」
最後に、Dareau にまとめてもらいます。
「初めて子供たちをバスに乗せて体験してもらった時が最高の瞬間でした。そこに至るまでは問題だらけでした。ほとんどがハードウェア関連でしたけど、長時間ひたすら働き続けました。子供たちをバスに乗せ、画面が暗くなって火星が姿を見せると、子供たちは大興奮です。その反応は信じられないくらい大きなものでした。私はほんの数時間しか眠れず、くたくたになりました。大興奮の光景を見て感情が高ぶったのです。
Field Trip to Mars はアイデアを形にした素晴らしい作品であり、小規模チームが適切なツールを使って、正しいモチベーションを持てば、画期的な体験を生み出すことができるという素晴らしい例です。そう考えるのは我々だけではありません。
Framestore が手がけたこのプロジェクトは、最近の Cannes Lions International Festival of Creativity で以下のように最も多くの賞を受賞した作品となりました。11 のカテゴリに渡り合計 19 の Lion を受賞しました。
- Innovation Lion 1
- Gold Lion 5
- Silver Lion 8
- Bronze Lion 5
世界中から集まった全カテゴリの 43,000 エントリの中から選ばれた 22 の Titanium Lion のひとつとしてもノミネートされました。素晴らしい結果ですよね。
Framestore のチームがアンリアル エンジンを選び使っていただいたことを誇りに思います。未来の科学者、プログラマー、リアルタイム ビジュアリゼーションの専門家、そして銀河間の宇宙飛行士になるかもしれない子供たちを対象に作品の制作を支援することができて光栄です。
まだ動画をご覧になっていない場合は、是非以下でご覧ください。
チームのメンバーの話や、舞台裏を見ることができます。5 分間の価値がある映像です。
将来のアンリアル エンジンのデベロッパーが刺激を受けて大きな夢を持ち、星々を目指す、あるいは少なくとも火星を目指して頑張るかもしれません。