以前に説明したとおり、ラスタライズと比較したレイ トレーシングの主なメリットには、影をキャストするオブジェクトとの距離によって柔らかさが変化する、正確な動的シャドウや、スクリーンの外部や移動する要素を的確にキャプチャする、正確で深みのある反射などがあります。グローバル イルミネーション、アンビエント オクルージョン、透過処理など、レイ トレーシングされるほかのエフェクトと組み合わせると、フォトリアルな映像を作り出すことができ、見る人の不信感を払拭し、仮想的な世界を受け入れてもらいやすくなります。
さらに、影と反射のセットアップが速く簡単になるというメリットもあります。ライトをベイクしたり、リフレクション プローブや反射平面を手作業で配置したりするというテクニックを使う必要がなくなります。
また、驚くべきことに、レイ トレーシングによる影は、カスケード シャドウ マップを使ったラスタライズよりも高速に計算されることもあります。木々の葉が風に揺れるときのように、移動するオブジェクトに影が必要な場合、パフォーマンスが向上します。
リアルタイム レイ トレーシングは、メディアやエンターテイメントのプロジェクトですでに活用されています。その様子を詳しく見ていきましょう。
より本物らしいリアルタイム エンターテイメント
AAA ゲームから生放送まで、リアルタイム レイ トレーシングは、単なるテクノロジーのデモを超えて、商業的な作品に使われるようになっています。今後数か月でさまざまなものを目にすることになるでしょう。ゲーム内でリアルタイム レイ トレーシングを利用する最初期の作品の 1 つが、オランダのインディー デベロッパー KeokeN Interactive による sci-fi スリラー、Deliver Us The Moon です。破滅的な出来事を迎えたあとの近未来が舞台のゲームです。リアルタイム レイ トレーシングを利用できるようになった時点でゲームはほとんど完成していましたが、チームはあとから作業を行い、Unreal Engine で影と反射のレイ トレーシングを有効にして、マテリアルとライティングのセットアップを調整することで、期待したとおりの見た目にすることができました。RTX 対応アップデートは 2019 年 12 月に提供開始され、好意的な評価を集めています。また、このアップデートでは、NVIDIA の DLSS によるパフォーマンス向上もサポートされています。

生放送の分野でも、リアルタイム レイ トレーシングの急速な導入が進んでいます。The Future Group の発表によると、2019 年 9 月に、リアルタイム レイ トレーシングとリアルタイムのフェイシャル アニメーションを使った初めての生放送を RIOT Games が実施して、その放送では、Unreal Engine ベースの The Future Group による AR ソリューション、Pixotope が使われました。また、リアルタイム フェイシャル アニメーションには Cubic Motion、モーション キャプチャには Animatrik、カメラのトラッキングには Stype が使われました。
上海で開催されたリーグ・オブ・レジェンドのイベント、LPL Regional Finals で、ゲームのキャラクター、アカリが登場し、ライブ パフォーマーとダンスで共演して、生身のプレゼンターからインタビューを受けました。レイ トレーシングのおかげで、キャラクターの影やわずかな反射は高品質なものとなり、それまでの同様のライブ ショーとは差別化された生放送を実現できました。

同じく 2019 年 9 月に開催された IBC では、オランダの放送サービスおよびメディア向けソリューション プロバイダー、NEP The Netherlands が、リアルタイム レイ トレーシングを利用したバーチャル スタジオのデモを展示しました。このデモでは、Unreal Engine のレンダラを利用するソフトウェアである、Zero Density の Reality Engine が使われました。このバーチャル スタジオは、レイ トレーシングによってスクリーン外のオブジェクトからの反射が可能になり、セットの信憑性が大幅に向上することを示しました。

完成品レベルの映像を短時間で出力
エピソードをつづるテレビ番組、コマーシャル、ゲームのトレーラーなど、リニアコンテンツでは、リアルタイム パフォーマンスは必須ではありません。しかし、極めて高速にレンダリングして、以前ではオフライン レンダラでしか為し得なかった品質を得られることは、メリットになります。クリエイティブ エージェンシー Capacity は、先日、Rocket League Championship Series (RLCS) 向けに 3 度目となるイントロ映像を制作しました。RLCS は、人気のスポーツ アクション ゲーム、ロケット リーグの公式世界大会です。Capacity のチームは、過去 2 回のイントロ映像と同様に、オリジナルのゲームのデベロッパー、Psyonix から提供されたアセットを使いました。アセットの解像度を引き上げ、テクスチャを適用し直すことでシネマティックスの忠実度に対応させ、よりリアルなものにしました。前回までとの違いとしては、Unreal Engine でレイ トレーシングが使えるようになったことを受けて、プロジェクトをオフライン レンダリング ソリューションからリアルタイム レンダリングへと移行できた点が挙げられます。

Capacity のチームでは、必要とされる高品質のライティングと正確な反射を驚異的なスピードで実現できることに加えて、クリエイティブ プロセスが強化されることも重要なメリットであることがわかりました。
Capacity のクリエイティブ ディレクター、Ellerey Gave 氏は次のように述べています。「リアルタイムのワークフローは、クリエイティブ プロセスに良い影響を与えています。イテレーションが改善され、フィードバックをすばやく反映できるようになりました。リアルタイム レイ トレーシングと (従来のプリレンダリング パイプラインと比較すると) ほぼ瞬時のレンダリングで高い品質が実現でき、すぐにこのやり方が気に入りました」

リアルタイム レイ トレーシングをこのように活用しているのは Capacity だけではありません。Unreal Engine とほかのリアルタイム エンジンの違いの 1 つとして、Epic Games では「ドッグフーディング」を実践している、つまり自社のプロジェクトや各種公開タイトルの本番環境で機能を試していることが挙げられます。Epic Games のフォートナイト チームは、Unreal Engine のレイ トレーシング実装を開発当初から試し続け、現在はトレーラーとシネマティックスで使用しています。フォートナイトのチャプター2 シーズン1 のトレーラーでは、レイ トレーシングが使われていることがよくわかります。また、この例から、フォトリアルであることを目指していない、スタイルに沿ったコンテンツであっても、レイ トレーシングによって描写に深みを加えて、見る人を世界に引き込むことができるということがわかります。 もちろん、フォトリアルを目指すと何が可能であるかを確認するのも興味深いことです。この例では、アーティストの Sertac Tasdemir 氏がダークナイトのバットモービルを再現して、映画のライティングを可能なかぎり模しています。コミュニティ Web サイト 80 Level のシニア エディタ、Arti Sergeev 氏は次のように述べています。「驚くべき成果です。業界の未来について、そして、Unreal Engine のようなエンジンが映画やアニメーションのプロジェクトでどう使われるかについて、考えさせられます」

ライティングとルック デベロップメントのスピード向上
リアルタイム レイ トレーシングによってスピードが向上するのは、最終的なフレームのレンダリングだけではありません。ライティングとルック デベロップメントのプロセスに Unreal Engine を使用すると、ライティングの担当者は結果をエディタ内で直接確認でき、直ちに調整を行ってリアルタイムで見た目を改善できます。リアルタイム レイ トレーシングを使うと、ライトをベイクするプロセスが完全に不要になる場合があります。このプロセスは、繰り返し行われ、時間がかかるもので、高品質の結果を得るには UV や設定について多くの調整が必要です。リアルタイム レイ トレーシング ソリューションがもたらす即時性によって、ライティングの担当者は創造力を最大限に発揮できるようになります。
テックビジュアライゼーションの精度向上
リアルタイム レイ トレーシングは、撮影の計画中にも役立てることができます。これは、Epic Games の新しいバーチャル プロダクション ツールをテストするプロジェクトで、Lux Machina、Magnopus、Profile Studios、Quixel、ARRI、撮影監督 Matt Workman 氏と協力しているなかで明らかになりました。 SIGGRAPH 2019 で明らかにされたこのプロジェクトで実証したことの 1 つに、LED ウォールの活用法があります。LED ウォールは、現実の俳優のために環境とプロップを提供するだけでなく、俳優やプロップに照明と反射の光を当てるためにも使われました。そうすることによって、最終的な映像をカメラでキャプチャできました。夕暮れ時の砂漠を舞台にしたショットでは、俳優がバイクに歩み寄って、またがり、レンズに光が反射しているサングラスをかけます。ここでの目的は、LED ウォールからの正確な反射を描画する、見た目に優れたショットを撮影することでした。

プロジェクトの CG スーパーバイザーを努めた私は、LED ウォールとカメラとの関係を考慮して、バイクと俳優の正確な位置をどうする必要があるか、リアルタイム レイ トレーシングを使って計画を立てました。被写体にとって最適な反射を得るにはどうすればいいか、LED ウォールからどの程度の光を得ることができるかを、すぐに確認できました。LED パネルのレイアウトが、バイクとサングラスにとって最適な反射を実現するようになっていることを検証できました。

こちらのブログ記事では、このプロジェクト全体の舞台裏について詳しく説明しています。
今後の展望
2020 年代を迎えて、これからリアルタイム レイ トレーシングのようなテクノロジーが驚くべきペースで進化を続け、仮想的な世界と物理的な世界の見分けが付かなくなっていくことは、ほぼ間違いありません。そういったテクノロジーをクリエイターたちが革新的な形で活用し、私たちの生活、仕事、遊びを変えていくことを想像するとわくわくします。また、自分たちがその一員となれることを嬉しく思っています。リアルタイム レイ トレーシングがメディアとエンターテイメントのプロジェクトにどう役立つか関心をお持ちの方は、Unreal Engine を今すぐダウンロードしてください。
この記事は、Unreal Engine でのリアルタイム レイ トレーシング シリーズの一部です。パート 1:発展の過程、パート 2:建築ビジュアライゼーション、パート 3:自動車のデザインとビジュアライゼーションもご覧ください。